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農業の自動化、無人化が「働かずに暮らせる社会」をもたらす平藤 雅之<連載第4回(全4回)>

2018.05.11

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「衣」や「住」はもはや不要な社会に

私は前回のAIブームの時からAI(人工知能)の研究を始め、約30年間、研究しています。当時、コンピュータの性能は非常に遅く、ドメインを限定した小規模なアプリを作ることしかできませんでした。それ以上に大きな問題は、農業分野では環境や植物の生長に関するデータが非常に少ないことであることに気づき、今でいうビッグデータ、すなわち大量のデータを収集するためフィールドサーバの開発などを行ってきました。この間、コンピュータの性能は劇的に上がり、100万倍、早くなりました。当時ははるか未来のコンピュータと思われていた量子コンピュータもD-Wave社からフライング的ではありますがすでに販売されています。今後、ムーアの法則を上回るペースで、私たちに無限大の計算能力を与えてくれると期待しています。量子コンピュータの普及によって、さまざまなことが可能になる一方で、私たちの職業生活は激変を余儀なくされるでしょう。

私たちは、IoTやビッグデータ、AI、量子コンピュータと競い合う時代に生きています。これで人間の仕事が減るといわれていますが、実際にはなかなかそうはならないです。IT分野を例に挙げると、人間はプログラマーやシステムエンジニア、プロジェクトマネージャーなど、職種を細分化することによって余計な仕事を作り、これまで凌いできました。これはまさしくワークシェアリング。後ほど詳述しますが、「働かないと食えない」から、無駄な仕事であっても、無理やり仕事を作ろうとします。意味のある仕事ではないけれども、人は仕事を分け合って働いてきたわけです。生活に必要不可欠なものを「衣食住」といいますが、同じ服を着ていても、生きることは可能です。住居は、ノマドワーカーの登場で特になくても済むことが分かってきました。生命維持システムを備えたアイアンマンのパワードスーツのようなものができれば、家は不要になります。でも、食はそうはいきません。当然ですが、人間は食べずに生きることはできません。もし戦争が起こって、終戦直後のように焼け野原になってしまったとしたら、高価なブランド品に何の意味があるでしょうか。食料を生産できる人は本当に強い。歴史的に見ると、いつの時代も食料が重要な戦略物資でした。戦国時代、兵糧攻めは非常に効果的で危険な武器でした。近年、イラクなどにおける紛争の火種の一つは、あのあたりの小麦の生産量が減ったことともいわれています。将来、人口の増加と肉類の消費量の増加で穀物生産が不足すると言われても、日本は人口が減っているのでピンときません。しかも、それまでは生きていない。ところが、人生100年の時代となりました。人生100年だと、人生の最後に食糧不足を経験する可能性があります。

農業は世界を変える可能性を秘めている

食べるために私たちは働かなければならないが仕事は減るという状況で、IoT、AI、量子コンピュータなどが普及した未来に待っているのは、残った仕事を奪いあう超競争社会です。そんな未来を予見してか、たとえ無駄な仕事であっても「仕事を創る」ことが評価される時代にあります。エクセル方眼紙、アカウンタビリティ、コンプライアンス強化、規制強化、ソフト開発の下請け分業化などがその典型例です。例えば、エクセル方眼紙。これは、エクセルでデータを入力するためだけに使う単なるフォームを罫線で細かくデザインしたものです。エクセルの導入で浮いた時間を使って、見栄えを良くする仕事をしたわけです。見栄えは良くなりますが、見栄えの良さは無意味です。エクセル方眼紙の作成に使う労働時間だけでなく、他人の労働時間も大幅に増やします。社員、教職員、顧客などは、そのフォームに文字を一字一字、セルに入力する必要があります。ITが進歩しても結果として皆の労働時間は減らないようにしているわけです。こういったことをいたるところで行えば、雇用は守られるでしょう。しかし、こういった余計で無駄な仕事が増えると、生産性が低下するだけでなく、余暇も収入も増えず、皆が平等に辛く重苦しい社会になります。

自分の仕事が辛いと「他人の仕事も辛くないといけない」と感じる心理的連鎖構造に陥っています。この連鎖をさかのぼっていくと、農業にたどり着きます。食料の生産だけはどんなに大変でも誰かがやらなければならない。「働かざる者食うべからず」で皆が辛い仕事をしなければならない。農業の自動化は食への不安を払拭させ、この構造をぶち壊す端緒となるでしょう。食料さえなんとかすれば、働く必要はなくなるのですから。農業の自動化や無人化は、世界を変える可能性を秘めているのです。国民に最低限の食料の供給を保障する。これを「ミニマムフード」といいます。食料生産自動化の「果実」をミニマムフードに振り向ければ、リスクのあるスタートアップに気軽にチャレンジする人やものづくりや創作を楽しむ人、趣味で研究開発をする人も出てくるでしょう。レオナルド・ダ・ヴィンチは貴族の庇護の下で好きな絵を描き、興味のおもむくまま研究していた、今でいうニートでした。仕事がなくても、食べられるなら人生のすべてを研究に費やしたい、レオナルド・ダ・ヴィンチのような人は少なくないはずです。

「趣味の研究」、「ワクワクする学び」に没頭したい研究者も「働かないと食えない」。そんな状況をうまく修正していく手はないだろうかと模索してきました。そこで、個人で好きな研究が思い切りできる仕組みをつくろうとしてきました。その一つとして、茨城県つくば市にコワーキングラボを作りました。その中に「ファブラボ」ができました。「ファブラボ」とは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のニール・ガーシェンフェルドが提唱したもので、市民が自由に自作できる研究施設のこと。最近はビジネスや公的サービスで各地にものづくり施設ができて、ファブラボの多様化が進んでいます。中国の深圳では、スタートアップのインキュベーターやアクセラレータへと進化しています。しかし、深圳のケースはビジネスに寄りすぎています。趣味の研究やワクワクする遊びの場が欲しいのです。それが多くの人を惹きつけ、ビジネスにもなるかもしれません。北海道の更別村にある「十勝さらべつ熱中小学校」も、それに近いコンセプトを持っていました。更別村の農場でCRESTの実験を行うため、機材の組み立てなどに使うスペースを探していたら、ちょうど熱中小学校内のスペースが空いていたので入居しました。熱中小学校としての活動は横で見ているだけですが、上場企業のトップなどが先生となって訪れ、活況を呈しています。十勝ではスマート農業関連のスタートアップが続々と登場し、こういった活動との相乗効果が出始めています。マサチューセッツ工科大学(MIT)の「メディアラボ」では、フードコンピュータという小型植物栽培用機器の研究で、食料を自作しようという機運があります。世界の最先端の知が集まるMITにおいて、食料が注目されているのは、偶然ではないでしょう。

農業の自動化および無人化は、人類史的に大きなエポックです。AIやIoTの進化で、今後は、データが主役となる時代となるため、フィールドサーバを無償で提供できる方向でビジネスモデルを考えています。超高機能のAIフィールドサーバや歩行型フィールドサーバ、安全で高機能な農業用ドローンなどの実用化も進める予定です。農業の自動化、無人化のメリットを配分することで、「生存に必要な最小限の食料」の無料化が理論上は可能になる時代に私たちは生きています。「ミニマムフード」の無料化は「皆が辛い社会」を変えるきっかけとなるでしょう。しかし、辛い労働をせずに暮らせる社会にするためには、品種や栽培手法など知財の量産を図る必要があります。これまで述べてきたように、知財を量産するためには、ビッグデータが必要不可欠。「世界を変える農業」へのチャレンジは始まったばかりなのです。

IoT、ドローン、AIでデータと知財を生産するデータファーム(北海道更別村)

<連載第4回・完>


平藤 雅之(ひらふじ・まさゆき)
東京大学大学院
農学生命科学研究科附属生態調和農学機構 国際フィールドフェノミクス研究拠点
特任教授 ドリームサイエンスホールディングス株式会社・CEO

1983年東京大学生命科学研究科修了。農林水産省・農業研究センター(現在の農研機構)主任研究官、農林水産技術会議事務局研究調査官、農研機構研究領域長などを経て、現在に至る。計算生物学、生物・生態系のモデリングと計測制御、IT・複雑系・人工生態系技術を用いた宇宙農場・快適な生活空間の研究等が専門。

◇主な著書
『バイオエキスパートシステムズ - 生物生産におけるAI/ニューロコンピューティング -』(コロナ社)1990年4月刊

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