BreakThrough 発想を学ぶ

アナリシスからシンセシスへの発想転換と、そうして生まれた新しい価値を、正しく評価する社会に石川 正俊/東京大学情報理工学系研究科長

<連載第1回(全4回)>

2019.04.02

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日本は急激な少子高齢化の進展により、医療や福祉分野の需要が日増しに高まっている。しかし一方で、生産年齢人口が減少し、業界に関わらず働き手の不足が問題化している。医療や福祉分野においては、より顕著だ。 そこで、最先端テクノロジーを駆使し医療の質を向上させることで、医療・福祉分野の需要増に対応しようという動きが出てきた。
今回の有識者インタビューは、これまでにない新しい価値を創造する研究で知られる、東京大学情報理工学系研究科 研究科長の石川正俊教授にお話を伺った。
最先端テクノロジーが、医療や福祉分野に果たす役割とは。また、中小企業は最先端テクノロジーの研究開発にどう関わればいいのか。全4回にわたって紹介する。


「21世紀に入り、テクノロジーは大きく変化している」と石川教授は言う。さらに「日本には、21世紀型テクノロジーへの移行に躊躇している企業が多い」と警鐘を鳴らす。
では、世紀をまたいでテクノロジーの何が変わったのかを整理しよう。第1回のテーマは「21世紀型のテクノロジーについて」。これからの日本企業の進むべき道を探ってみたい。

アナリシスからシンセシスへ

20世紀から21世紀へと進むなかで、テクノロジーやそれらを生み出す研究は、大きな変遷を遂げました。まずは、20世紀型のテクノロジー創出から振り返ってみましょう。
20世紀において、テクノロジーを生み出すための研究は、問題の提示から始まることがほとんどでした。まず「社会的な課題やニーズ」があって、それを解決することが目標でした。真理を探究し、証拠を揃え、論を形成する。何かを「わかる」科学であり、アナリシスを基本としています。
しかし、21世紀型テクノロジーの創出には、アナリシスは不可欠であるものの、それだけでは足りません。問題も答もないところに、仮説を立て、実証して、新しい価値を「つくる」科学が必要です。これをシンセシスと呼びます。21世紀型のテクノロジー創出は、アナリシスとシンセシスの両輪があってこそ生まれるものなのです。

たとえば、21世紀型テクノロジーの代表として、グーグルやFacebookを考えてみましょう。グーグルやFacebookができる前、社会に重要な問題があったとは誰も思っていませんでした。顕在化されたニーズはなかったのです。しかし、グーグルやFacebookが「あったらいいな」を具現化すると、それは新しい価値となり、またたくまに社会に広まりました。受け取る社会の側も、グーグルやFacebookを見た後で「こんな問題があったんだ」とやっと気づいたのです。

21世紀のテクノロジー創出は、「わかる」科学と「つくる」科学の両輪が必要だ

最近はGAFAをはじめとして、新しい価値の創造が目覚ましい。だが、21世紀型テクノロジーはその形成過程がこれまでと違うなら、大学や企業の研究機関がそれに気づいて、変わっていくしか方法はないのだろうか。

21世紀型テクノロジーの創出に、社会が果たす役割

21世紀型テクノロジーを創出するためには、大学や企業の研究機関がアナリシスからシンセシスへと発想を転換する必要がありますが、実は、それだけでは不十分です。新しい価値をつくるためには、社会がそのテクノロジーを正しく評価することが重要です。テクノロジーの進展、特に「つくる」科学の進展には、研究者だけではなく、社会も大きな役割を担っているのです。

医療分野のテクノロジーを考えると、これまでそれらを評価していたのは医師が中心でした。しかし本来は、医療を受ける患者やその家族が、評価すべきです。そうなれば、治療効果に加えて、患者のQOLの面も重要視するテクノロジーが生まれるでしょう。
とはいえ、日本はいまだ、分析やマーケティングを重視し、ニーズのある研究に注力する傾向があります。しかし、そればかりでは既存テクノロジーの改良でしかなく、キャッチアップ体制から脱却することはできません。ニーズは見えていなくても、マネをしない、個性を生かしたユニークな研究をどんどん行うべきです。
ただし、ニーズが明確でない「あったらいいな」を突き進むと、10回のチャレンジのうち、成功は2回もあればいい方でしょう。つまり、残る8回は、失敗です。ですが、これからは、果敢にチャレンジした結果の「正当な失敗」を、大いに褒める社会に変わっていかなければならないのです。

これまでの研究の出発点は、多くの場合「ニーズ」だったと思う。だが、ニーズでは新しい価値が創造できないとしたら、研究者は何をよりどころにすればいいのだろうか。「あったらいいな」は雲をつかむようで、テーマを絞り切れない不安がある。

「ニーズ」ではなく、「社会受容性」を

マーケットがすでにあり、ニーズが見えている研究は、改良的研究の域を出ないでしょう。独創的な研究を行うためには、ニーズではなく「社会受容性」を探るといいと思います。
社会受容性とは、社会が受け入れるかどうかの指針です。ニーズが顕在化していない、新しいものが現れたとき、「それ、いいね」と社会が受け入れるものを追求していきましょう。

こうした新しい価値の創造は、大学や大企業の研究室だけでなく、中小企業でも挑戦してほしいと思います。そのため、社会受容性を見つけるヒントとして、3つの思考実験をお勧めしたいと思います。

①「あったらいいな」のススメ
現状や限界を忘れて、本当に欲しいものを考えます。たとえば、私が開発に携わった「ビジョンチップ(Vision Chip)」という製品があります。これは現在平均的な30fpsの30倍以上のフレームレートとなる1,000fpsのイメージセンシングに加え、高速移動体の検出を行う並列信号処理をワンチップで実現したもので、現在の価格は10万円程度ですが、もし、それと同等の機能を有する100円のビジョンチップがあれば、用途の幅はぐっと広がるでしょう。あなたならどう使いますか。

②極論のススメ
現状の10倍という目標では、キャッチアップから脱却できません。目標は、現状の100倍、1000倍に設定してみましょう。そうすると、新しい方法を考えるしかありませんから、新しい価値が生まれる可能性が高くなります。たとえば、今の自動車には2~3台のカメラが付いていますが、自動車に100台のカメラが付いたら。それぞれのカメラを生かすためには、どう利用すればいいのでしょうか。

③不可能抽出のススメ
開発会議などでブレインストーミングを行うとき、「それはダメだ。不可能だ」と退けられたものばかりを集めると、すばらしい開発目標ができます。それらは、誰もが「できない」と思っている、すなわち、誰も挑戦したことがない目標です。以前の道具では不可能だったことが、今の道具を使えばできることもあります。いち早く挑戦した人がブレークスルーを果たせるかもしれません。

取材日:2019年3月11日

<連載第1回・完>

 

連載

第一回 アナリシスからシンセシスへの発想転換と、そうして生まれた新しい価値を、正しく評価する社会に

第二回 高速ビジョンから、システム全体の高速化へ。ヒューマンインターフェイスにも応用可能

第三回 高速トラッキングが、顕微鏡下の作業やロボット手術などの手技をアシストする

第四回 中小企業は低コストのPOCで、社会受容性を判定し、ブレークスルーに挑戦して


石川 正俊(いしかわ・まさとし)
東京大学情報理工学系研究科 研究科長

1977年東京大学工学部計数工学科卒業。1979年東京大学大学院工学系研究科 計数工学専門課程 修士課程を修了し、1988年工学博士(東京大学)。1979年には通商産業省工学技術院(現 国立研究開発法人 産業技術総合研究所)主任研究官を経て、1989年から東京大学工学部計数工学科の助教授。その後、東京大学理事・副学長などを歴任し、2016年より現職。
専門分野は、システム情報学(センサ工学、ロボット工学、画像処理、認識行動システム、生体情報処理)。センサフュージョン、超並列・超高速ビジョン、超高速ロボット、ビジュアルフィードバック、メタパーセプション、光コンピューティング、触覚センサの知能化、生体情報の回路モデル等の研究に従事する。
国内・国際学会などから数多くの受賞歴に加え、2011年11月には紫綬褒章を受章。

◇主な共著書
『ロボット制御学ハンドブック』(近代科学社)2017年12月刊
『情報ネットワーク科学入門』(コロナ社)2015年10月刊 など多数

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