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データの取得が農業発展の壁に。知財に秀でる海外勢平藤 雅之<連載第2回(全4回)>

2018.05.09

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時系列データがなく、未解明の問題が山積する農業

第1回の後半部分で「農業は難しい」というお話をさせていただきました。その理由は何か?それは農業では必要となるデータの数が膨大であるからなのです。さらに言うと変数の数がとても多い。病気や地域性、消費者の嗜好、景気変動など、考えなければいけない要素がたくさんあります。これまでの農業は、勘と経験に頼ってきました。データがなかったのですから、そうせざるを得ないのが実態でしょう。

さらに、農業では、未解明の難問が山積しています。新しい除草剤や農薬が開発されても抵抗性のある雑草や微生物があっという間に出現します。その進化のスピードはあまりにも早すぎます。なぜこんなことになっているのでしょうか。とてもダーウィンの進化論では説明できそうにありません。雑種強勢もそうです。雑種強勢とは、遺伝的に離れた品種とある品種を掛け合わせると、いいとこ取りのF1が生まれることを意味しますが、どうして両親の能力を超えた子供が出現するのか、理由はわかっていません。

北海道のある地域で、小麦だけを栽培している農家があります。農業では、同じ作物だけを毎年栽培すると病気になりやすくなる連作障害という問題がありますが、なぜかそこでは連作障害が見られない。でも、データがないため、専門家でもその理由がわかりません。
農業では、分からないことが残されたまま生産せざるを得ません。やがて、それが当たり前になってしまいましたが、ちゃんと分からないことには改善しにくいです。

こういった現象を解明するためには、時系列データが有効です。データを一定間隔で連続的に取るのですが、これがとても難しい。過酷な暑さや寒さ、台風などに耐えて、何年間も、あるいは何十年間も連続的にデータを取り続ける必要があります。そこで、2001年当時に開発したのがフィールドサーバ。これは、野外の過酷な環境に対する耐候性を持たせた野外でセンシングするIoTデバイスです。画像、気温、湿度、日射量、土壌水分量、地温などのデータを無人で収集し、インターネットを経由してリアルタイムに膨大なデータを集めることができます。しかし、機器ができても運用環境に問題がありました。農家にはネットワークのインフラがなかったのです。そのため、無線LANを中継したネットワークインフラを自前で構築することで、乗り越えてきました。

その後、誰もが簡単にデータを採れるようにと、仕様をオープンソースにしたフィールドサーバ(2009年頃より開発)を作りました。最小構成のものは土壌水分と地温しか計測できない単純なものですが、農家が気軽に自ら計測できるようになれば、農業は変わっていくという想いから開発しました。通信環境も2001年頃と比較してかなり進化しました。しかも遠距離で通信できる新しい通信技術(LoRa)が普及し、アンテナの高さが低くても十分遠くまで通信が可能になったのです。従来は作物に電波が遮られないようにアンテナの高さを作物よりもかなり高くする必要がありました。アンテナの位置を高くすると、筐体が長くなってブームスプレイヤ(農薬散布機)のブームにぶつかるため、農薬散布のたびにいちいち撤去し、その後、再び設置しなければなりませんでした。


LoRaで筐体の高さが短くなったオープン・フィールドサーバ

DNAから形質へ。海外勢は次の農業ビジネスを展開

農業における知財ビジネスの中核である品種改良は、ICTの活用によって加速し、海外勢が一歩先んじています。また、種子の加工にも様々な知財が産み出されています。「てんさい」を例に取ると、日本勢は育種で止まっている一方で、海外勢はプライミングと呼ばれる化学的処理や温度処理などを行い、さらに殺菌剤や有用微生物を生きたまま種子にコーティングするなどして、種子の付加価値を上げています。このような処理によって病気の予防や生育の促進など、さまざまなメリットが出てきます。新品種やプライミングなどの知財によって種子が桁違いに高く販売できるようになり、莫大な利益をもたらします。

DNAを読み取る装置の「DNAシークエンサ」のコストパフォーマンスは、半導体におけるムーアの法則以上の2倍のペースでアップしています。現在、微生物等のDNAは数千円という低コストで読めるようになっており、この分野はDNAの解析だけではもはや儲からない段階に来ています。そこで、これまで多額の資金をバイオ研究に投資してきた海外勢は、形質(フェノタイプ。生物の持つ性質や特徴)に注力しています。そもそも形質のデータがないとDNAのデータは活用できませんが、形質のデータはまだ非常に少ないためです。今後は「病気に弱い」、「収量が多い」といった、農業に役に立つ形質のデータを迅速に収集する技術が稼ぎ頭になるでしょう。実際、海外では多数のベンチャーが参入しています。ヨーロッパなどの農業の展示会では、この分野のベンチャーが目立ってきました。すでにDNAのデータは膨大にストックされたため、海外勢は“形質”という次のビジネスチャンスを狙っています。しかし、日本ではこのような情報は少なく、話題にもなっていないのが残念です。

次回は、農業データ取得の取り組みや農業の無人化について解説します。

<連載第2回・完>


平藤 雅之(ひらふじ・まさゆき)
東京大学大学院
農学生命科学研究科附属生態調和農学機構 国際フィールドフェノミクス研究拠点
特任教授 ドリームサイエンスホールディングス株式会社・CEO

1983年東京大学生命科学研究科修了。農林水産省・農業研究センター(現在の農研機構)主任研究官、農林水産技術会議事務局研究調査官、農研機構研究領域長などを経て、現在に至る。計算生物学、生物・生態系のモデリングと計測制御、IT・複雑系・人工生態系技術を用いた宇宙農場・快適な生活空間の研究等が専門。

◇主な著書
『バイオエキスパートシステムズ - 生物生産におけるAI/ニューロコンピューティング -』(コロナ社)1990年4月刊

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