BreakThrough 発想を学ぶ

高速トラッキングが、顕微鏡下の作業やロボット手術などの手技をアシストする石川 正俊/東京大学情報理工学系研究科長

<連載第3回(全4回)>

2019.04.09

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前回の第2回では、石川先生の代表的研究成果である「高速ビジョン」について、お話を伺った。ヒューマンインターフェイスへの応用が可能であり、医療への活用も期待されている。第3回は、医療とも関係の深い「高速トラッキングについて」詳しく伺っていこう。


高速トラッキングは、顕微鏡下の作業をアシストする

私の研究成果のうち、特に、医療への応用が進んでいるのは「高速トラッキング」という技術です。これは動いている対象物を、視野の真ん中でとらえ続ける技術を指します。
たとえば、卓球のプロが打つスマッシュの初速は200㎞/hといわれますが、高速トラッキングを使えば、200㎞/hのピンポン玉をとらえ続け、その回転などがくっきりと見てとれます(冒頭写真を参照)。
また、高速トラッキングは、顕微鏡下でも利用できます。たとえば生きたゾウリムシを観察する場合、通常だと、時折視野を横切る姿が見えるだけで、その姿をじっくりと観察することは難しいでしょう。しかし高速トラッキングを使えば、動くゾウリムシが常に視野の真ん中に捉えられ、観察者にはゾウリムシが止まっているかのように見えるため、内臓の様子まで観察することが可能です。東京大学でも、ホヤの精子やクラミドモナスなどの研究に、この技術が用いられています。

この技術は、手術にも応用できます。顕微鏡下での作業には、たとえ慣れた医師でも振戦と呼ばれる手の震えが避けられません。ですが、高速トラッキングを利用すれば、この震えを制御することができます。実際に振戦を止める、というわけではなく、映像に震えと逆相の処理を行うことで、視界となる映像では手の震えが止まっているように見え、手術での手技が容易に行えるようになるのです。

高速トラッキングのための顕微鏡装置と、トラッキングされたゾウリムシ

顕微鏡で観察するためには、観察対象が動かないことが条件だと思っていたが、技術の進歩を実感した。高速トラッキングには、細胞検査など医療分野での応用可能性がまだまだあるように思うが、課題はあるのだろうか。

奥行方向での高速トラッキング

初期の高速トラッキングは、平面上の移動を想定していましたが、奥行方向のトラッキングも「高速可変焦点レンズ」の開発でできるようになりました。以前から100Hzのレートでは調整できる技術はありましたが、これを8000Hzという高速で調整することができるようになったのです。こうした奥行方向の高速トラッキングまで可能になって初めて、細胞検査など、実際の臨床現場で活用できるようになったのです。
また、高速トラッキングの技術は、ダイナミックプロジェクションマッピングに応用されています。プロジェクションマッピングは、東京駅やディズニーランドなどで行われ有名になりましたが、いずれも動かない壁面に映像を映し出すものでした。
しかし、高速トラッキング技術を応用すれば、動いている対象物をトラッキングし、そこに映像を映すことができます。たとえば動いているボールに、自転する地球の映像を投影することができるのです。
これを進めていくとゆくゆくは、手術中の動く内臓の上に、その患者のMRI画像などを映し、正確な手術ポイントをガイドすることなども可能になってくると思います。

高速可変焦点レンズ

高速トラッキングが実用化すれば、細胞検査の精度が進展するばかりでなく、検査時間の短縮にもつながるのではないだろうか。最先端テクノロジーで、医療の需要増に対応する未来は近いのかもしれない。医療以外の注目すべき応用分野は何なのだろう。

100㎞/hで走行しながら、壁面にある0.2㎜のキズを見つける

医療以外で特に注目される応用分野は、高速道路の壁面検査です。高速道路では、100㎞/hで走行しながら、壁面検査を行うことが目標にされています。というのも、仮に100㎞/h走行中の検査ができれば、ほかの車の走行を妨げずに検査が行え、通行止めも不要だからです。仕組みとしては、100㎞/hでも撮影できる高速ビジョンで壁面を撮影していき、0.2㎜以上のキズを捉えたら、それをトラッキング。そうすることでキズの形状や大きさ、キズのある場所などを把握することができます。これは、現在、NEXCO中日本と共に実証試験を行っていますので、実用化までもうしばらくといったところでしょう。

さらに、「高速スキャン」という技術も医療分野の助けになるかもしれません。
高速スキャンは、1分間に250pの資料をスキャンできる技術です。本など対象物を上向きに設置、自動ページめくり機でページをめくっていく様子を上から撮影し、スキャンが完了します。ページがパラパラとめくられて動いている状態でスキャンしますので、文字などがゆがんで映りますが、ここでもトラッキングの技術を用いて、文字を元の形に修復します。古い手書きカルテなどがあれば、この技術でスキャンすると、一気に電子化が進むでしょう。

取材日:2019年3月11日

<連載第3回・完>

 

連載

第一回 アナリシスからシンセシスへの発想転換と、そうして生まれた新しい価値を、正しく評価する社会に

第二回 高速ビジョンから、システム全体の高速化へ。ヒューマンインターフェイスにも応用可能

第三回 高速トラッキングが、顕微鏡下の作業やロボット手術などの手技をアシストする

第四回 中小企業は低コストのPOCで、社会受容性を判定し、ブレークスルーに挑戦して


石川 正俊(いしかわ・まさとし)
東京大学情報理工学系研究科 研究科長

1977年東京大学工学部計数工学科卒業。1979年東京大学大学院工学系研究科 計数工学専門課程 修士課程を修了し、1988年工学博士(東京大学)。1979年には通商産業省工学技術院(現 国立研究開発法人 産業技術総合研究所)主任研究官を経て、1989年から東京大学工学部計数工学科の助教授。その後、東京大学理事・副学長などを歴任し、2016年より現職。
専門分野は、システム情報学(センサ工学、ロボット工学、画像処理、認識行動システム、生体情報処理)。センサフュージョン、超並列・超高速ビジョン、超高速ロボット、ビジュアルフィードバック、メタパーセプション、光コンピューティング、触覚センサの知能化、生体情報の回路モデル等の研究に従事する。
国内・国際学会などから数多くの受賞歴に加え、2011年11月には紫綬褒章を受章。

◇主な共著書
『ロボット制御学ハンドブック』(近代科学社)2017年12月刊
『情報ネットワーク科学入門』(コロナ社)2015年10月刊 など多数

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