BreakThrough 企業インタビュー

独自の銀メッキ導電性繊維にIoTを掛け合わせた課題解決型ビジネスで事業を再建ミツフジ株式会社

<連載第1回>(全2回)

2020.02.13

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「ミツフジ株式会社」は西陣織を祖業とし、今はウェアラブルIoT企業へ変貌を遂げました。同社は倒産の危機を前に、独自の銀メッキ繊維を生かした着衣型ウェアラブルデバイスを開発し、現在はIoT技術を用いた医療・健康管理のソリューションを開発。世界から注目を集め、大きく業績を伸ばしました。同社の再生を牽引した三寺歩みてらあゆむ社長に、その歩みや発想の秘訣、今後の展開などについてうかがい、2回連載でお届けします。


自社繊維を使ったウェアラブルで医療・健康管理

着衣型ウェアラブルデバイスを通して取得した生体データを解析することで、作業現場での事故防止や乳幼児の体調管理、職場の生産性向上に役立てる——。それを可能にするのが、ミツフジの提供するソリューションサービス「hamon(ハモン)」です。

「導電性の高い当社の銀メッキ繊維『AGposs(エージーポス)』を電極(センサー)として編み込んだウェアラブルデバイスを着用してもらい、そこで得た心拍などの生体情報をトランスミッターからクラウドへ送信。独自のアルゴリズムで、着用者の健康状態、ストレス、眠気などを見える化し、安全な職場づくりや生産性の向上に役立てることができます」

「hamon」はまず建設業や製造業で導入され、作業者の安全対策などに用いられました。その後、サービス業での健康管理や乳幼児の見守りなどにも活用されるようになります。開発を推進したのは、現社長の三寺歩氏。1956年、西陣織の帯工場として創業した同社は、なぜこのサービスの開発に取り組むようになったのでしょうか。

電気を通す『AGposs』(左)と、トランスミッターをつけたウェア(右)。

 

開発のヒントは客先にあった

同社はかつて、「AGposs」の抗菌効果を生かした製品で売り上げを伸ばしていました。しかし、薬品を使用した抗菌剤の登場で事業は縮小。ある日、先代社長である父からの電話で家業が倒産寸前の状態にあると知らされた三寺氏は、熟慮の末に当時勤務していた外資系IT企業の退職を決断。2014年に現職に就任し、家業の再建に乗り出したのです。

「生き残るには、お金をかけずに変わるしかありません。お客様の会社を回ってニーズを聞く、政府の補助金がもらえないか調べる、図書館で関連技術を学ぶ——。無料でできることはすべて試しました」

そんななか、顧客との会話でウェアラブル事業の可能性を感じ取った三寺氏は、「AGposs」のもう一つの特性である銀の導電性に着目しました。自身が培ったITの経験と、IoT技術を融合させ、同製品をセンサーとし生体情報を取得できる着衣型ウェアラブルデバイスと、取得したデータを分析することで健康状態などが分かるソリューションサービス「hamon」を16年に発表。見事経営を立て直すと、2019年には日経ビジネスの「世界を変える100社」に選出されるまでになりました。

連携・共創で新価値創造へ

繊維メーカーだった同社は、素材の繊維、デバイス、アプリ、クラウドまで一貫して提供するウェアラブルIoT企業へと大転換を遂げました。この推進力は何だったのでしょうか。

「目の前にリアルな危機があったことに尽きると思います。人間は、追い込まれないと変わらない。昨日と連続した明日が期待できないこの時代、変われない企業に未来はありません。ただ、それを自覚している中小企業はまだ少ないと感じます」

「hamon」の成功に安住することなく、市場の変化を見据える三寺氏は、現在、自ら強みとしていた自社開発・生産の一気通貫モデルを変える覚悟で、社会課題の解決を軸とした方向性を強化。活動の幅をさらに広げようとしています。


連載「独自の銀メッキ導電性繊維にIoTを掛け合わせた課題解決型ビジネスで事業を再建」

第一回 独自の銀メッキ導電性繊維にIoTを掛け合わせた課題解決型ビジネスで事業を再建
第二回 自社の強みと顧客ニーズを知り、エコシステムを形成すれば、生き残りは可能


企業情報

ミツフジ株式会社

代表取締役社長 三寺 歩(みてら・あゆむ)

1956年に三寺氏の祖父が京都で創業した西陣織の帯工場をルーツとし、その後79年に三ツ冨士繊維工業株式会社として設立。95年に米国の銀メッキ製造会社と独占販売契約を締結し、2002年には銀メッキ繊維の総合ブランド「AGposs」を商標登録。15年に現社名に変更し、翌16年に自社初のソリューションサービス「hamon」を発表。

取材日:2019年11月28日

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